なかまユニオン学校教職員支部は、6月1日、主権者教育・平和教育への誤った行政介入に抗議し、撤回を求める抗議・要請書を文部科学大臣に送付しました。以下、紹介します。
以下
文部科学大臣 松本洋平様
文部科学省が、同志社国際高校平和学習(辺野古研修)に対し、
「教育基本法違反」と認定したことの撤回を求めると同時に
主権者教育・平和教育への誤った行政介入すなわち政治介入に抗議します
2026年6月1日
なかまユニオン学校教職員支部
支部長 松田幹雄
本年3月16日、沖縄県名護市辺野古沖で、同志社国際高等学校(以下、同校)が平和学習の一環として行っていた研修の最中、乗船していた小型船が転覆し、同校生徒1名と小型船を操縦していた船長のふたりの尊い命が奪われました。亡くなられた方に心からの哀悼の意を表します。
今回の事故は、文部科学省(以下、文科省)が公表した「同志社国際高等学校の研修旅行等について(これまでの把握事項と文部科学省の見解)」をはじめ、種々の報道を見る限り、安全管理に重大な問題があったことは否めません。私たちとしても忸怩たる思いでいます。今後、このような痛ましい事故を二度と繰り返さないためにも、事故の検証と安全対策の抜本的な見直しが必要と考えます。
しかし、5月22日に文科省が公表した「同志社国際高等学校の研修旅行等に係る把握事項及び見解」において、同校の辺野古に関する学習活動が、政治的活動を禁じる教育基本法(以下、教基法)14条第2項に反すると「認定」されたことについては到底納得できず、これを公教育の危機と受け止め、厳重に抗議します。
文科省自らが公表されていますように、「政治的中立性」を理由に教基法違反を公的に認定されたことは、教基法の制定以来初めてのことです。森友学園問題等これまでも様々な問題の指摘があったにもかかわらず、それらは放任したままであることに比しても、今回の認定はまさに異例中の異例といえます。これは一校の問題を超えて、全国の学校現場における教育実践全体に大きな影響を与えることになります。すなわち公教育を歪めることにもなりかねません。
文科省は、普天間基地の辺野古移設に反対する「抗議船」として使用されてきた船を、教員がその性格を認識しながら生徒の研修に利用したこと、研修のしおりに「座り込み」などの文言が記載されていたこと、多面的・多角的な指導が不十分であったことなどを挙げ、「特定の見方・考え方に偏った取り扱い」であり、教育基本法に反する政治的活動にあたると判断しています。
しかし、教基法14条2項の趣旨は、教育が特定政党や特定の政治勢力のための運動に利用されることを防ぐことであり、社会の争点となっている問題について、多様な当事者から直接話を聞き、自ら考え判断する力を育てる学習そのものを封じることではないはずです。
そもそも14条1項には政治教育の尊重が謳われています。基地問題や平和、憲法、原発、ジェンダーなど、民主社会における重要な公共的論点すなわち政治課題を学ぶことは、主権者教育・平和教育の核心ともいえます。
学校教育や平和教育を専門とする琉球大学山口剛史教授は、抗議現場や参加者の思いを学ぶことを特定の政党の政治活動として問題視することは、国策に反対することが中立性を逸脱するという誤ったメッセージになりかねず平和学習の萎縮に繋がりかねないと指摘しています。実際、私たちの組合員からも、基地問題を取り上げにくくなる、平和学習見直しの声が現場にあるとの報告がありました。
今回の文科省の違反認定が前例となれば、平和学習全般が『危ないこと』とされて避けられかねず、また、国の政策に批判的な視点を含む学習が封じられ、教育が「国策広報」に近づくのではないか、強い懸念を抱かざるを得ません。
こうした批判が渦巻く中で、文科省が「教育現場全体を萎縮させるものではない」と繰り返し説明されても、日々子どもと向き合う学校現場の教職員から見れば、今後の平和学習や主権者教育に与える萎縮効果は明らかです。
最も懸念されることは、今回のことによって子どもの学びが阻害されてしまうことです。これまで多くの学校が取り組んできた平和・人権学習が「教基法違反」とレッテルを貼られることを危惧して避けられるような事態が起これば、それこそが教基法違反となるのではないでしょうか。
文科省は、教員の地位に関する特別政府間会議採択「教員の地位に関する勧告(仮訳)」を公表しています。そこには「61 教員は、職責の遂行にあたって学問の自由を享受するものとする。教員は、生徒に最も適した教具及び教授法を判断する資格を特に有しているので、教材の選択及び使用、教科書の選択並びに教育方法の適用にあたって、承認された計画のわく内で、かつ、教育当局の援助を得て、主要な役割が与えられるものとする。」「63 いかなる指導監督制度も、教員の職務の遂行に際して教員を鼓舞し、かつ、援助するように計画されるものとし、また、教員の自由、創意及び責任を減殺しないようなものとする。」とあります。
子どもの権利条約12条には「締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。」とあります。すなわち、自分の意見を形成できる子どもは、自分に影響を与えるあらゆる事柄について、自由に意見を表明する権利を持ち、その意見は年齢や成熟度に応じて十分に考慮されなければならない。ここでいう「影響を与えるあらゆる事柄」の中には、子ども自身に関わる社会や政治の問題も含まれると理解されています。教育は、子どもたちが社会の問題について自分で考え、他者と対話し、判断していく力を育てる営みです。
私たちは、文科省がこれらの国際条約・基準にのっとり、学校現場あるいは労働組合との社会的対話を通して、教育行政としての役割に基づき力を発揮されることを求めます。
今回の事故を教訓とした安全管理体制の見直しと、教育内容への政治的介入の問題を、明確に切り分けて論議・判断されることを求めます。安全面の不備があったからといって、特定の社会問題についての学習そのものを違法と断罪することは教育の自由に対する重大な侵害です。
とりわけ沖縄の基地問題について学習するということは、4人に1人の住民が犠牲になったといわれている最大の地上戦の舞台となった沖縄戦の歴史の学習にも遡り、日本の戦中・戦後史に対する認識を深める、とても重要な内容を持つものです。
そもそも、教育基本法に違反するか否かの認定は司法に委ねるべき問題です。行政機関である文科省が法律違反を認定すること自体が誤りではないでしょうか。
私たちは、子どもたち一人ひとりが、異なる立場や経験を持つ人びとの声に耳を傾け、自ら考え、対話し、行動する市民として成長していくことを願っています。そのためにも、文科省は学校現場や労働組合と対話を重ね、国際基準に基づいた教育行政としてのあり方を強く求めます。
以上

